「謎のトラックバックが来た」で少し書いた、「アンチテーゼ:捨てるべきものは」に来たトラックバックについての話の続きだ。
何がどう謎かって話は前記事に書いたんで飛ばすとして、今回はもーちょっと本質的なレスっつーかなんつーか。
来たトラックバックの先はここ。
PCを捨てて街に出よう。 (石橋を叩いて渡らないかも?:ゲゲゲのイチローさん)
まず、恥を忍んで言うと、このトラックバックを張ることでゲゲゲのイチローさんが俺のブログに対して何を言いたかったのかが、よく分からないでいる。
だから、もしご教授いただければ、とてもありがたいと思ってる。
これでも若者なりにというべきか、年長者に学ぼうという向上心みたいなものはあるんだ。
以下は、ゲゲゲのイチローさんはこういうことを言いたいんじゃないかなって、俺なりに考えたことを元に書く。だからすげーズレってかもしれない。そのときはそう指摘していただけると、とてもありがたい。
ゲゲゲのイチローさんの記事は、「(最近の)若者は、他人から得た知識や情報を、知らないうちに自分の意見として言っていることが多い」というもの。
で俺のトラックバックされた記事は、「ウェブページが一部のコアな人間が作るものから大衆が作るものになったように、もはやブログも一部の業界人のものでなく大衆のものとして捉えるべきである」というものだった、一言で言うと。
この二点を合わせると、ゲゲゲのイチローさんは、「シュウという若者は、『ウェブページが…作るものになった』という他人の歴史知識を元に論を組み立てている」と指摘したいんじゃないかな、と思ったんだが。
えーと。俺、ウェブページが一部のコアな人間が作るものだった頃を、生で見てる。
俺がネットってのに初めて触れたころ、Internet ExplorerもNetscapeもバージョン2.0だった。大学の環境ではNetscapeは重すぎたんで、Mosaicを使ってた。Tableタグを表示できないブラウザに配慮してないウェブページは、仲間うちでは「下等ななんちゃってページ」扱いされてた。プロバイダにホームページ作れます有料サービスが付いてるのが売りになってた。
もうかれこれ10年、俺はネットってものと付き合っている。
だから、「ウェブページが一部のコアな人間が作るものから大衆が作るものになった」っていうのは、俺が10年間ネットを自分で観察してきた結果の、俺自身の意見だ。
それを元にした俺なりの類推が、「もはやブログも一部の業界人のものでなく大衆のものとして捉えるべきである」って意見。
しょせんネットってのはバーチャルなもので、ネットを観察した結果の意見なんて実体験に基づいた意見とは言えないっていう見方もあると思う。
でも、俺はそうは見ない。
ネットってのも、それを形作ってる要素は他ならぬ生の人間なんだと思う。それ以前に人間が使ってきた視覚とか触覚との感覚は使いにくいけど、そこにあるのは“実際本当にあるもの”なんだと思うんだよね。
嘘だのガセだの煽りだのはそりゃ多いけど。でもそんなん、リアルの世界でもいっぱいあるじゃん。週刊誌とかさ。
…ってのがレスっつーかなんつーかなんだが。
どっかズレってとことかあったら、ゲゲゲのイチローさんや他の方で、ご指摘いただけるととてもありがたい。やっぱ明日の俺は今日の俺よりイケてるやつにしたいから、さ。